虚往実帰 延命山 蓮花寺

このブログは、真言宗の僧侶である私が、伝統的な仏教の教えと護摩祈祷、占星術や霊的ヒーリングといった多角的な智慧を融合させ、現代を生きるあなたの魂の平安と真の豊かさをサポートするために開設しました。 ここでは、毎日更新される占星術のメッセージが、あなたの今日をより良いものへと導くヒントとなります。日々の生活に役立つコラムを通じて、あなたの内なる光を見つけるお手伝いをします。

咲かない桜 第十二話 百年前の春

第十二話 百年前の春

玲子は、しばらくその古い日記を見つめていた。祖母が残したもの。いや、残したつもりのなかったもの。長い年月を越えて、今、自分の手の中にある。玲子はゆっくりと表紙を開いた。紙は乾き、少し黄ばんでいた。けれど、そこに書かれた文字は、不思議なほどはっきりと残っていた。

最初の頁。日付が目に入る。――大正十五年 五月。玲子は息を止めた。百年前。祖母が、まだ少女だった頃。その頃の村は、どんな景色だったのだろう。次の頁をめくる。

 今日は朝から、お母さんのお手伝いをしました。水を汲んで、薪を運んで、お昼の支度をしました。春が近いので、少し暖かくなってきました。山の雪も、もうすぐ消えるそうです。

少女らしい、素直な文字。玲子は静かに読み進めた。

 お父さんが言っていました。今年も桜は、きっと綺麗に咲くそうです。あの桜は、村のみんなが好きな桜です。大きくて、昔から村を見守っている木です。

玲子の指が止まった。桜。今では咲かなくなった桜。けれど、この頃は違った。まだ、普通に咲いていた。玲子はさらに頁をめくる。

 今日は学校の帰りに、桜を見に行きました。まだ蕾でした。もう少ししたら、綺麗な花が咲くと思います。実男さんも来ていて、「今年も立派に咲くだろうな。」と言っていました。実男さんはいつも村のことをよく見ています。困った人がいると、すぐ助けてくれる人です。

玲子は少し安心したような気持ちになった。今の実男さんの姿は知らない。でも、祖母の日記の中では、温かい人として生きている。また頁をめくる。

 最近、村の外から来た男の人がいるそうです。大人たちは、あまり良い顔をしていません。お父さんも、「あまり近づくな。」と言いました。理由を聞いても教えてくれません。

玲子の表情が変わる。空気が少し変わった。まだ何も起きていない。けれど、日記の向こう側で、何かが近づいている。玲子は次の頁へ指を伸ばす。そこには、少女の文字で短く書かれていた。

 桜が咲いたら、今年も見に行きたいです。

玲子は、その一文を何度も見つめた。「……おばあちゃん。」小さく呟く。この日記には、まだ知らない時間が残っている。そして、その先に桜が咲かなくなった理由がある。玲子は静かに、次の頁を開いた。